松山地方裁判所 昭和24年(行)49号 判決
原告 阿部和太郎 外六名
被告 松山市長
一、主 文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
二、請求の趣旨
原告ら訴訟代理人は昭和二十四年九月十八日原告等に対し命じた原告ら所有の各別紙目録記載の建物除却の代執行命令を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求めた。
三、事 実
別紙記載の建物の敷地の中(松山市大街道三丁目)九十番地の一及九十一番地の一の両地は訴外佐治薫明の八十三番地の一は訴外吉枝栄の各所有地であつてこれらは昭和二十年戰爭の最中防空法に依り該地上の從前の建物が取拂われてから空地となつていたもので当時から被告が右防空法によりこれを管理していたが終戰後防空法上の管理が終了して後被告は松山特別都市計画施行のためこれを緑地帶とする予定の下に更めて所有者から借受けていたものであるところ訴外松山神農会が緑地帶の指定が確定するまでの期限付でこれを無償にて借受けその代表者で賃借地の管理者である訴外森田佐一郎がこれら三筆の土地にまたがつて木造そぎ葺(一部トタン葺)平家建の棟割店舖(以下建物(イ)と略称する)及八十三番地の一地上に木造そぎ葺平家建の住宅六坪(以下建物(ロ)と略称する)を建築して所有するに至つたのである。その後被告の仲介で松山神農会が直接所有者から右と同一の期限付でこれを借り受け依然同一建物を所有していたが原告阿部は昭和二十二年二月頃右建物(イ)の中九十番地の一地上の九坪五合の区画部分を森田から借り受け爾來これを住宅兼店舖として使用しているもの、原告河野は同年七月同上建物の中同番地地上七坪五合の区画部分を、原告栗田は昭和二十三年六月同上建物の中同上番地地上十坪の区画部分を、原告喜井は同年十月同上建物の中九十一番地の一地上九坪五合の区画部分を、原告菅は昭和二十三年七月同上建物の中同上番地地上十一坪五合の区画部分を、原告梅林は昭和二十三年二月頃同上建物の中八十三番地の一地上五坪の区画部分及同番地地上の本件建物(ロ)(住宅六坪)を夫々同人から買受けると共にその敷地を同人から轉借して各その当時からこれを住宅兼店舖として使用しているもの、原告白石は昭和二十二年二月本件建物(イ)の中八十三番地の一地上の七坪の区画部分を買受けると共にその敷地部分及これに接する同番地の土地を同人から轉借しその後右地上に木造そぎ葺二階建八坪の店舖(以下建物(ハ)と略称する)を造築しいずれも当時から住宅並店舖としてこれを使用しているものである。然るにその後これら土地についての緑地帶設置の計画は中止されたものであるところ被告は昭和二十四年三月十七日原告らに対し夫々特別都市計画法第十五條の規定に依る移轉命令書なるものを発して各その使用中の建物部分の除却方を命じて來たが原告らは後述する理由に依り右除却命令は違法な処分であるからこれを黙殺していたところ被告はその後同年九月十八日になつて遂に右除却命令を強制するため原告らに対し夫々代執行令書を交付するに至つた。然しながら特別都市計画法第十五條の規定に依れば建物の所有者に対して移轉を命じるについては換地予定地を指定すべきことを規定して建物の除却ができる旨の規定がなく実際において該移轉命令書には換地予定地は別紙の通りとする添書がありながらこれを指示していないのであつて、右移轉命令即ち除却命令は違法と言わなければならない。從つてこれを強行するための代執行命令は違法であるから、これが取消を求めるものである。と陳述し裁判官の釈明に対し松山神農会或いは原告らにおいて被告に対し本件建物の敷地の借地権について特別都市計画法施行令第四十五條の届出はしていないと述べ、被告の答弁に対し原告らが夫々本件建物の敷地の不法占拠者であるとしても、被告が特別都市計画法第十五條の規定に依つて移轉命令を発する限り同條の規定に從つて換地予定地を指定すべきであり、仮に右の理由がないとしても被告主張の如く本件建物の敷地の從前の所有者が同一土地を換地予定地として交付を受けた――現地換地――本件の如き場合においては被告は原告等と換地の被指定者との間の私法上の関係として放任すべきであつて右移轉(除却)命令の発布は同法條のいわゆる土地区画整理上必要あるときの要件を具えていないから違法であると陳述した。(立証省略)
被告訴訟代理人は、原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とするとの判決を求め、答弁として原告ら訴訟代理人主張事実中原告阿部を除く爾余の原告らが夫々その主張の通りの建物(部分)の所有者であつて原告らが各その主張の建物(部分)に現住していること、被告は原告らに対し昭和二十四年三月十七日松山市特別都市計画上の土地区画整理のため必要ありとして移轉命令書と標記した書面を交付して各その建物の占有部分の除却を命じこれについては原告らに対して換地予定地を指定しなかつたこと、本件建物の敷地の中(松山市大街道三丁目)九十番地の一及九十一番地の一が訴外佐治薫明の、八十三番地の一が訴外吉枝栄の各所有地であることはいずれもこれを認めるも、訴外神農会乃至原告等は本件建物の敷地の適法な占有者ではない。即ちこれら土地は防空法に依りその上の從前の建物が取拂われて後被告が一時これを所有者から借上げて管理していたけれども昭和二十一年三月末日を以て所有者らに返還されていたところ、松山神農会の代表者と称する訴外松浦某が昭和二十一年五月頃所有者に無断でその上に本件建物(イ)及(ロ)を建築して所有していたが、その後森田佐一郎に讓渡され原告等は夫々森田からこれを買受けてその敷地と共に占有するに至つたものである。而して本件建物の敷地及附近の土地は当初松山特別都市計画上緑地帶設定の予定であつたところその計画が中止されたので、これを夫々從前の土地の所有者に対する換地予定地として指定したところ、原告らは依然としてこれに蟠居して土地区画整理の施行を妨げているから建物除却を命じたもので特別都市計画法上斯かる不法占拠者に対して移轉に要する換地予定地を指定すべき旨の規定はないから被告の原告らに対する除却命令は適法であつて、これを任意履行しない原告らに対して行政代執行法に依る強制を加えることは当然許された処置であるから、原告の本訴請求は理由のないものであると陳述した。(立証省略)
四、理 由
原告河野が昭和二十二年二月本件建物(イ)の中九十番地の一地上七坪五合の区画部分を、原告栗田が同上建物の中同番地地上十坪の区画部分を、原告喜井が同年十月同上建物の中九十一番地の一地上九坪五合の区画部分を、原告菅が昭和二十二年七月同上建物の中同上番地の区画部分を、原告梅林が昭和二十三年二月頃同上建物の中八十三番地の一地上五坪の区画部分及同番地地上の本件建物(ロ)を夫々訴外森田佐一郎から買受け、爾來いずれもこれを住宅兼店舖として使用していること、原告白石が昭和二十二年二月本件建物(イ)の中八十三番地の一地上七坪の区画部分を右森田から買受け、その後これに接して同番地地上に本件建物(イ)を増築しいずれもその当時からこれを住宅兼店舖として使用していること、原告阿部が本件建物(イ)の中九十番地の一地上九坪五合の区画部分を住宅兼店舖として占有使用していること、本件建物の敷地である(松山市大街道三丁目)九十番地の一及九十一番地の一が從前訴外佐治薫明の、同じく八十三番地の一が從前訴外吉枝栄の各所有地であつたところ被告は昭和二十四年三月頃松山市特別都市計画の土地区画整理のため同人らに対し夫々右同一土地を換地予定地として指定したものであること、被告が同年三月十七日右土地区画整理のため必要があるとして原告らを夫々本件建物の占有部分の所有者と看做してこれに対し移轉命令書なる標題の書面を以てその除却を命じたところ、原告等がこれに應じないので戒告の上同年九月十八日更に右命令を強制するため代執行令書を交付するに至つたことは当事者間に爭ないところである。
そこで一應本件の事実関係を確めて見るに証人森田佐一郎、同吉積勝人の証言に依り眞正に成立したと認められる乙第一号証、一部について成立に爭なくその余の部分について右乙第一号証の成立から推して眞正に成立したと認められる乙第二号証、証人大西忠、同森田佐一郎、同高木和雄、同吉積勝人、同藤本藤市、同佐治薫明の各証言を綜合すると本件建物の敷地は昭和二十一年戰爭中防空法に依りその上の從前の建物が取拂われて空地となつていたもので、当時から被告が右防空法に基ずいてこれを所有者から借り上げて管理していたが、昭和二十一年三月末日を以て所有者に返還せられたものであるところ被告の管理中から所有者らは自らこれを使用し度い考えであつたけれども、これら土地は当時予想されていた松山市特別都市計画上緑地帶設置の対象となつていた関係上、佐治の如きは当時警察署長の権限に委されていた建築許可も一旦許可があつた後取消された事情もあつて返還を受けた直後もそのまゝ放置していたところ松山神農会がこれに本件建物(イ)及(ロ)を建築したので、これを知つた所有者らは松山市及愛媛縣についてその建築許可の事情を調べたりしたが、らちが明かぬので結局同年七月頃当時の愛媛軍政部に陳情し、これが明渡を求めるに至り軍政部では自ら主催し松山市及愛媛縣の各都市計画事業担当の係員の意見を聞き神農会の代表者と所有者らとの間に調停を試みたところ所有者らも前記の通りこれら土地は緑地帶が設置される予定であることとて仮令神農会をして土地を明渡させたところで自らこれを使用する余地はないこととて、いずれ緑地帶設置案が確定し換地の交付を受けるまで神農会に対し本件建物の明渡を求めないことを了承しこれに対して神農会としては所有者らの右の如き寛大な処置に報いる意味において所有者らに被告を通じて謝礼金と言う名目で使用期間に應じ、当時の賃料相当の金員を贈與することを約したもので、当初神農会が被告からこれを借受けたことは認められないし、勿論被告が神農会に対し換地予定地を交付すべきことを約した事実はなく、又右調停の結果としても当事者間に正式に賃貸借関係乃至は使用賃貸借関係が発生したものとも解せられない。以上認定事実に反する証人森田佐一郎の証言部分は措信できない。而して証人森田佐一郎の証言に依ればその後これら建物は森田個人の所有となつたものであるが、その後原告阿部は森田から前述の通り同原告の占有している部分を借り受けたものであることが明白であり、その余の原告らが同人から夫々これを買受けたことは前述の通り爭ないところであつて、又原告白石の増築した本件建物(ハ)の敷地部分についてもこれを同原告が正当の権限に基ずいて占有している事実を証するに足る証拠なく、原告らはいずれも本件建物敷地の不法占有者と言うべきである。
果してそうであるとすれば、原告らは特別都市計画法第十五條の取扱を受ける資格を有しないのであつて、右法條が原告の様な不法占有者を対象としないことは適法な占有者といえども、これにつき登記があるか又は整理施行者に権利の届出をしない限り整理施行者は換地を交付しない(同法施行令第四十五條但書)こととの均衡上当然生じる結論である。斯かる場合被告は都市計画法の準用する耕地整理法第二十七條の規定に從い、その裁量に依り自ら直接強制して建物を除却し、又は建物の所有者にこれが除却を命じ得べきところであつて、被告が原告阿部を除く爾余の原告らに対して換地予定地を交付せずして、同人らの所有建物(部分)の除却を命じたことは土地区画整理上必要あるにおいては適法な処分と言うべきである。
それでは本件建物(イ)の一部の賃借人である原告阿部に対する建物除却命令は如何と言うに、借地権の登記又は整理施行者に対する届出が換地の指定を受けるについての対抗要件であることは、直前一言したところであるが一般に権利の登記、又は借地権の届出は特別都市計画法上特に定められたところの整理施行者に対する権利の対抗要件であつて、敷地の所有者の意思を無視して建てられた未登記の建物の如きは勿論右の対抗要件を具えないから整理施行者においてその所有者が何人であるかを職務上当然知り得ないのを通常とし、斯かる場合整理施行者は所有の意思を以て占有することの推測を受ける建物の占有者を所有者と看做し、これに対して必要な処分をすることができ、その反面所有者は自己の権利を以て整理施行者に対抗し得ない結果該処分の違法を攻撃し得ず、占有者と共にその効果を受けるものと解するを至当とし、これを本件について見るも原告阿部の使用する建物(部分)の所有者森田佐一郎は前述の如く、その敷地の不法占有者であつて被告に対し該建物の所有権を対抗し得る登記をしていないことは当然推測できるし、勿論借地権の登記又は届出はあり得ないから被告は占有者である同原告をその所有者と看做し、これに対し建物除却を命じ得べく、その結果占有者である同原告は建物を明渡さなければならぬと共に、所有者森田は建物の除却をしなければならぬ義務を負うに至るものと言うべく、從つて賃借人である原告阿部に対して発せられた建物除却命令もそれが土地区画整理上必要ある限り違法と言えない。(なお原告阿部及森田が任意履行しない場合においては、被告は原告阿部に対する代執行令書の交付を以てこれを強制できるものと云うべきである。)
そこで果して本件の除却命令が土地区画整理上必要ある場合に該当するか否かと言うに、一般に土地区画整理上換地予定地の指定を受けたものは、指定を受けた日の翌日から指定先の土地を從來の権利の内容に應じて同一の使用收益ができるものであるところ、その換地先に他人の建物が現在するにおいてはその使用收益を妨げられるから、整理施行者において特別都市計画法第十五條或いは耕地整理法第二十七條の趣旨に從いその移轉命令乃至除却の措置ができるものであり、整理施行者としてはむしろ事前においてかかる建物を除却して然る後換地の指定をするを本則とすべきことは、特別都市計画法第十四條の規定の趣旨に照して明白であるが、この法理は現地換地の場合においても、これを区別して取扱うべき格別の根拠はなく本件においてもこの土地が第三者に対する換地予定地として指定せられた場合において、原告らが被告の要求により直ちに土地の明渡をしなければならぬことは勿論前述の通り未だ換地予定地とし指定がない場合においても、被告は原告らに対して建物の除却を強制し得べきものと思料されるのであつて、これが從前の所有者の換地予定地に指定せられた後においても同様これを爲し得べきところである。從つて被告の本件除却命令は土地区画整理上必要ある場合に該当するものと言うべきである。
依つていずれの点から考えても、被告の原告等に対する本件建物の除却命令は違法と言うべきところ、原告らが任意履行しないので、これを強制するために発した被告の代執行令書は他に爭ない限り適法と言うべく、原告の請求は理由を欠くこと明白であるからこれを棄却すべきである。
仍つて民事訴訟法第八十九條を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 加藤謙二 橘盛行 水地嚴)
(目録省略)